監督かんとくを務つとめたのは、「パリ、テキサス」などの名作めいさくで知しられるヴィム・ヴェンダース監督かんとく。

日本にっぽん映画えいがの巨匠きょしょう、小津こづ安やす二に郎ろう監督かんとくに大おおきな影響えいきょうを受うけたと公言こうげんし、去年きょねん、東京とうきょう国際こくさい映画えいが祭さいのために来日らいにちした際さいにも、単独たんどくインタビューでその思おもいを語かたっています。

小津こづの魂たましいに導みちびかれて

「私わたしの偉大いだいな映画えいが界かいの師し、小津こづ安やす二に郎ろうの祖国そこくである日本にっぽんの代表だいひょうとしてアカデミー賞しょうに参加さんかできることを大変たいへん光栄こうえいに思おもいます。『PERFECT DAYS』は彼かれの魂たましいに導みちびかれた作品さくひんです。この作品さくひんがノミネートされたことは、私わたしにとってこの上このうえない喜よろこびです」

（アカデミー賞しょうノミネート時じのコメントより）

東京とうきょう・渋谷しぶや区くの公共こうきょうトイレを舞台ぶたいに、トイレの清掃せいそう員いんで主人公しゅじんこうの「平山ひらやま」の日常にちじょうと、その周囲しゅういの人々ひとびととの関かかわりを丁寧ていねいに描えがいた映画えいが「PERFECT DAYS」。

作品さくひんはヴィム・ヴェンダース監督かんとくが、渋谷しぶや区くで誰だれもが快適かいてきに使用しようできる公共こうきょうトイレを設置せっちするプロジェクトに共感きょうかんしたことがきっかけで製作せいさく。撮影さつえいはすべて東京とうきょう都内とないで行おこなわれました。

ヴェンダース監督かんとくが日本人にっぽんじんの高崎たかさき卓たく馬ばさんと共同きょうどうでみずから日本語にほんごの脚本きゃくほんを執筆しっぴつし、日本人にっぽんじんの俳優はいゆうを起用きようしています。

主演しゅえんの役所やくしょ広司こうじさんは去年きょねん、フランスのカンヌ映画えいが祭さいで最優秀さいゆうしゅう男優だんゆう賞しょうを受賞じゅしょうして話題わだいを集あつめました。国内こくないでの興行こうぎょう収入しゅうにゅうは10億おく円えんを超こえています。

実じつは、ヴェンダース監督かんとくが日本にっぽんを舞台ぶたいに映画えいがを撮とるのは、これが初はじめてではありません。かつて、小津こづ安やす二に郎ろう監督かんとくの代表だいひょう作さく「東京とうきょう物語ものがたり」で描えがかれた東京とうきょうを追い求おいもとめて、1983年ねんに来日らいにちして撮影さつえいしたドキュメンタリー映画えいが、「東京とうきょう画が」という作品さくひんを発表はっぴょうしています。

ヴェンダース監督かんとくはこの作品さくひんの中なかで、「小津こづの作品さくひんは20世紀せいきの人間にんげんの真実しんじつを伝つたえる」と語かたるなど、小津こづ監督かんとくへの敬愛けいあいの念ねんや自身じしんへの影響えいきょうを度々たびたび公言こうげんしてきました。

小津こづ安やす二に郎ろう監督かんとくとは

小津こづ安やす二に郎ろう監督かんとくは、戦前せんぜんから戦後せんごにかけて活躍かつやくした日本にっぽん映画えいがの巨匠きょしょうです。1963年ねんに60歳さいで亡なくなるまで、国際こくさい的てきに高たかく評価ひょうかされる映画えいがを数多かずおおく手てがけました。

ヴェンダース監督かんとくの「東京とうきょう画が」の元もととなった「東京とうきょう物語ものがたり」は、田舎いなかの老ろう夫婦ふうふと、離はなれて暮くらす子こどもたちの心こころのすれ違すれちがいを描えがいた小津こづ監督かんとくの代表だいひょう作さくで、いまも世界中せかいじゅうの映画えいがファンから愛あいされています。

ヴェンダース監督かんとくは、1970年代ねんだいにニューヨークで初はじめて小津こづ監督かんとくの作品さくひんと出会であい衝撃しょうげきを受うけ、その後そのご、作品さくひんを見みるために来日らいにちしました。

ヴィム・ヴェンダース監督かんとく

「1977年ねんに東京とうきょうに来きて、私わたしは空あき部屋へやを与あたえられ、字幕じまくも英訳えいやくもない状態じょうたいの作品さくひんを2日間にちかんかけて12作品さくひんほど見みました。2日にち目めには日本語にほんごが話はなせるような気きになっていました。理解りかいしなくてはならないとは、もはや考かんがえませんでした。いずれにせよ、私わたしは理解りかいできていました。50作さくほどの小津こづ映画えいがを見みましたが、私わたしの記憶きおくではすべてがひとつの大おおきな映画えいがという印象いんしょうです。大おおきな映画えいがのなかに、さまざまなバリエーションがあるという感かんじです」

小津こづ監督かんとくが繰り返くりかえし描えがいたのは、時代じだいと共ともに移り変うつりかわる日本にっぽんの家族かぞくの日常にちじょうでした。それがなぜ、世代せだいも国籍こくせきも異ことなるヴェンダース監督かんとくの心こころを打うったのでしょうか。

「小津こづ監督かんとくの作品さくひんは時代じだいを完全かんぜんに超越ちょうえつしています。彼かれが描えがく物語ものがたりはとても現代げんだい的てきで、普通ふつうの家庭かていの日常にちじょうです。そこで描えがかれているのは、いまだに子こどもと親おやの間まの本質ほんしつ的てきな関係かんけい性せいでもあるのです。それは父親ちちおやか母親ははおやが亡なくなった場合ばあいの、残のこされた片親かたおやと子こどもとの関係かんけい性せいや、一人暮ひとりぐらしをする父親ちちおやの世話せわをするために家いえを出でようとしない娘むすめの責任せきにんのあり方ありかたなどです。映画えいがに出でてくる親おやや祖父母そふぼ、子こどもたちは…何なにと言いえばいいかな、まさに人間にんげんの姿すがたそのものだったのです。だからこそ、いまも60年ねん前まえも、人々ひとびとは同おなじように彼かれの作品さくひんを観みることができるのだと思おもいます」

主人公しゅじんこう「平山ひらやま」に込こめた思おもい

「東京とうきょう物語ものがたり」に登場とうじょうする家族かぞくの父親ちちおやの名前なまえは「平山ひらやま周吉しゅうきち」。離はなれて暮くらす子こどもたちに疎うとまれ、妻つまにも先立さきだたれ、それでもみずからの人生じんせいを静しずかに受け入うけいれる初老しょろうの男性だんせいを、俳優はいゆうの笠智りゅうち衆しゅうさんが演えんじています。その「東京とうきょう物語ものがたり」の公開こうかいから70年ねん。ヴェンダース監督かんとくは「PERFECT DAYS」で役所やくしょ広司こうじさんが演えんじる主人公しゅじんこうのトイレの清掃せいそう員いんに、同おなじ「平山ひらやま」と名付なづけました。

平山ひらやまは、真面目まじめに仕事しごとをして規則正きそくただしく生活せいかつし、本ほんと音楽おんがくを愛あいし、植物しょくぶつを育そだてる、寡黙かもくな人物じんぶつとして描えがかれています。

「主人公しゅじんこうの名前なまえが平山ひらやまなのは、『東京とうきょう物語ものがたり』を意識いしきしています。いろいろな意味いみで小津こづ映画えいがへの敬意けいいを込こめています。平山ひらやまはシンプルなものを愛あいし、自然しぜんや、ちょっとした出来事できごとにこだわりを持もっています。小津こづ作品さくひんの登場とうじょう人物じんぶつには、他たの誰だれかよりも優すぐれている人ひとなどいません。すべての人ひとを、尊厳そんげんと敬意けいいのまなざしをもって尊重そんちょうしています」

いま小津こづが家族かぞくを描えがいたら

「平山ひらやま」には、小津こづ監督かんとくの映画えいがに出でてくるような家族かぞくはいません。しかし、映画えいがの中なかで「平山ひらやま」は、居酒屋いざかやの女将おかみや、突然とつぜん訪たずねてきためいとの交流こうりゅうを通をつうじて、ささやかなつながりを築きずいていきます。

ヴェンダース監督かんとくは、小津こづ監督かんとくと同おなじように日常にちじょうを描えがくことで、家族かぞくという枠わくにとどまらない現代げんだいの人間にんげんどうしのつながりを示しめそうとしました。

「小津こづがもしいまも映画えいがを撮とっていたら、まったく違ちがう家族かぞくを描えがいているでしょう。今日きょうでは父親ちちおやや母親ははおやが2人にんいる家庭かていもあり、家族かぞくのあるべき姿すがたが変かわりつつあります。そして子こどもたちは、小津こづが描えがいた世界せかいよりもはるかに危険きけんな世界せかいで生いき、成長せいちょうしています。そういう時代じだいの中なかにいても、彼かれはきっと正直しょうじきであり続つづけたと思おもいます。そして作品さくひんに真実味しんじつみがあるからこそ、今いまでも彼かれの映画えいがは手本てほんになり得えるのです」

小津こづ監督かんとくが亡なくなって60年ねん。ヴェンダース監督かんとくは、いまの若手わかての映画えいが監督かんとくも、小津こづ監督かんとくの作品さくひんから学まなぶべきものがあるといいます。

「小津こづ監督かんとくの映画えいがをスクリーンで観みた映画えいが監督かんとくなら誰だれでも、大おおきな衝撃しょうげきと感銘かんめいを受うけなかったふりなどできないと思おもいます。小津こづ監督かんとくは自分じぶんのすべてを映画えいがに注ぎ込そそぎこんで映画えいがを形作かたちづくり、コントロールし、作品さくひんに風格ふうかくを与あたえ、技巧ぎこうを極きわめた美うつくしい例れいです。若わかい映画えいが監督かんとくたちは、自分じぶんたちの準備じゅんび方法ほうほうについてもう一度もういちどよく考かんがえるべきだと思おもいます。自分じぶんの職業しょくぎょうを見直みなおすことなく、小津こづ映画えいがを真剣しんけんに観みることができる映画えいが監督かんとくなどいないと、私わたしは思おもいます」